『劇場版 夏目友人帳 〜うつせみに結ぶ〜』の感想

夏目友人帳」、原作は読んでいないのですが、TVアニメは1期から見ていて、人と人、人と妖の心のふれあいを素朴に丁寧に描くところでファンになった作品です。
今回初めての劇場版ということで気になっていたので沼津に用事があるついででBiViのシネマサンシャイン沼津で観ました。


劇場版といってもTVシリーズと全くノリの異なるスペクタクルが大展開するような作品ではありませんが、それでもしっかりと描き込まれた町並みや山河の風景に、劇場版を観ている充足感を味わえました。
また作品の重要パーツとして切り絵が登場していて、切り絵作家の大橋忍が参加しています。
劇場版ということで追加キャストは俳優や芸人でしたが、今作ではどちらも好演だったと感じました。
特に椋雄の高良健吾は容莉枝の島本須美と並んで声の存在感が凄かったです。


今作がキーワードにしていると思われるものの一つとして「記憶」があったと思います。(主題歌のタイトルも「remember」)
登場する妖「ホノカゲ」は、以前犯した罪に対する罰として人々の生業を山神に伝える義務を負い、土地の人間として溶け込める(強制的に溶け込んでしまう)障りとしての力を与えられています。
土地の人々はホノカゲをまるで記憶の中でずっと親しんできた隣人のように違和感なく受け入れますが、ホノカゲがその土地を離れれば記憶からホノカゲは消えてしまいます。
おそらく何百年とその任を続け、そのような生活に疲れ果ててしまったホノカゲですが、津村容莉枝が息子椋雄を山の事故で亡くし「なんてんさま」に救いを求めた時、外界との関わりを断っていたホノカゲが椋雄の姿かたちとなり、容莉枝の記憶も椋雄が生きていたものとして変容し、以後8年親子として睦まじく暮らしていきます。
このホノカゲが起こす人間の記憶の改鼠が本作の事件の核心部分になっています。
物語の最後にはホノカゲは椋雄であることを辞め、容莉枝の記憶からも椋雄=ホノカゲと過ごした8年間の記憶は消えて椋雄は8年前に死んだという認識に記憶が書き換えられます。
しかし容莉枝の無意識下にはこの8年間の残滓のようなものが残っていて、去ったホノカゲを感じて涙が流れたり、あるいは姿が見えないはずのホノカゲの美しい姿を切り絵に残したりしています。
椋雄を亡くした現実は変わらない。ホノカゲの記憶も残らない。
やりきれない結末のはずなのに、とても爽やかで、美しい幕引きでした。


容莉枝には中学生の頃夏目レイコから受け取れなかった鈴を渡し、結城大輔とは打ち解けるなど、作中でやり終えておくべきことをしっかりと終わらせる、丁寧な話作りがあるからこそ夏目友人帳は素晴らしい作品なんだな、とエンドロールを観ながら心地よい余韻に浸ることができました。
夏目と結城が子供の頃に山で遭遇した妖の正体が明かされませんでしたが、あれが山神だったのかしら。欲を言えばあの妖についても最後に触れてほしかったです。
エンドロールで流れる主題歌「remember」は、大変染みる曲で素晴らしい選曲だと思いました。TVシリーズ1作目の「夏夕空」から、夏目友人帳はED曲の選曲が素晴らしいのだよなぁ・・


最後に「remember」の一節より


名も知らない遠い場所へ離れたとしても
記憶の中で息をし続ける


以上です。