飼い犬の思い出の話

西遊棋Webのエッセイを読んでいて、この武富礼衣女流の愛犬に関するものが胸を打つ内容だったので紹介する。

shogi.osaka

家に迎えるまでの家族とのやり取りや、一緒に成長していく様子などが大変想いのこもった良い文章で綴られている。


読んでいて実家で飼っていた1匹目の柴犬「イシ」のことを思い出してしまった。

 


生後2ヶ月で迎えたオスの赤柴で、元々の性格もあるがワガママに育ってしまって、よく無駄吠えするので色々困ることもあった。

イシと暮らしていた頃は、父は仕事で帰宅が遅く、子供は自分を含め兄弟みな思春期のややこしい年頃で、犬の散歩は多忙な母に押し付けがちだった。
母には「今日はあんたがイシの散歩行ってくれる?」とよく言われて渋々行くような感じだった。
無駄に反抗していた自分を思い出すと、恥ずかしさや申し訳無さが湧き上がってくる。

自分にとってイシの事を思い出すのは、楽しかった思い出以上に、当時の後悔も伴う切なさがある。
もっと上手く生きられなかったか。

イシは私が実家を出てから虹の橋を渡ったので、死に目に会うことはできなかったが、時々生きていた頃の写真や動画を眺めて思い出している。


今、実家には2匹目の柴犬の「ユメ」がいる。
生後半年で迎えたメスの胡麻柴で、そろそろ6歳になっているか。

 


父は長年勤めていた会社をリタイヤ済み、母も仕事はしていない、子供も全員巣立ち済み、そんな空間的時間的余裕を最大限に活かして愛犬を超絶猫可愛がり、いや、犬可愛がりしている。

私は都度の帰省時に触れ合う程度なので、イシと暮らしていた頃と比べるとユメと接する時間は短い。
しかし飼い犬との間に作られる思い出は、そのまま家族との思い出でもある。
思い出す時の後悔の念がなるべく小さいよう、良く犬とも家族と付き合っていきたい。


アガパンサスの名前の由来はアガペー(無償の愛)とアンサス(花)だとか。
素敵な名前だと思う。


以上です。